呼吸法について

わたしたちは日々ストレスにさらされています。ストレスがすべて悪いということはなく、むしろ適度なストレスは生活や人生に張り合いを与える側面もあります。しかし、現代はあまりにもストレス社会です。人間関係のストレス、過度な仕事のストレス、騒音や公害など環境要因のストレス、病気や体調不良によるストレス、過去のトラウマによるストレス、これらのストレスにどう対処すればいいでしょうか。

その一つの答えとしてあるのが、呼吸法です。

呼吸は誰でもたえずしています。止めてしまえば死んでしまいます。人間だけでなく、動物は酸素を吸って二酸化炭素を、吐いています。植物はその逆で二酸化炭素を吸って酸素を吐きます。微生物も呼吸はしています。呼吸は生命の根源に関わる運動です。常に生命活動を維持するためには、心臓による血液の循環と呼吸が不可欠ですが、心臓の鼓動を意識的に停止することはできません。しかし、おもしろいことに呼吸は意志でコントロールできます。もちろん、無意識でも呼吸は止まることがありません。

この呼吸が意識的にコントロール可能であるということを利用して古くから呼吸法が行われてきました。

プラーナーヤーマ

インドの修行では呼吸法が紀元前から行われていたでしょう。ヨガの呼吸法にプラーナーヤーマがあります。片鼻ずつ呼吸したり、早い呼吸や吐ききる呼吸、耳と目を抑えて「

んー」と声を出す呼吸など技法があります。この最後の技法は、ブラーマリーと言って、両耳を両親指で抑え、両人差し指中指の二本指で目を押さえ、「んー」と声を小さく出します。耳の奥に声が響きます。独特で効果的なのでぜひやってみてください。

呼吸法は瞑想との関連が避けられません。結局瞑想を学ぶことになることが多いですが、ここでは呼吸法に留めます。若きブッダも呼吸法の修行をしたことでしょう。数々の苦行を試しましたが悟ることはできず、菩提樹の下で瞑想することで悟りました。このとき呼吸法が使われたでしょう。なぜ、こうも古くから人は呼吸法を実践したのでしょうか。わたしたちが悟るなどということは難しいとは思います。そもそも悟るとは何でしょうか。ここでは追求しませんが、悟った人は悩みや苦しみから解放されると言います。悟りへ導く技法の一つとして呼吸法があります。これをストレス軽減などのための有益なメソッドとしてわたしたちが導入してもよいのではないでしょうか。

白隠禅師の「夜船閑話(やせんかんな)」

このインドの呼吸法は、日本では禅宗に導入されました。なかでも有名なのが、白隠禅師が「夜船閑話(やせんかんな)」に記した「内観の法」「軟酥の法(なんそのほう)」があります。白隠禅師は激しい禅の修行のため、禅病になってしまいました。様々な治療をためしましたがなかなか治りません。しかし、山中に住む白幽子にこの技法を授かりました。簡単に説明すると「内観の法」は、床に横臥して、身体を感じます。特に丹田を意識します。ただそれだけです。このとき自然に自分のしている呼吸も意識しているでしょう。「軟酥の法(なんそのほう)」は座って行います。頭の上に黄金に輝く蘇(古代の乾燥した乳製品)をイメージし、それが溶けて全身を伝わり足下に流れます。これだけです。しかし、これで、白隠禅師は禅病を克服できたのでした。この方法は現代のマインドフルネスに通じると思います。

呼吸と活動

呼吸=息にちなんだ言葉はたくさんあります。「息をあわせる」「息をのむ」「息が詰まる」「息をはずませる」など。これだけ息はわたしたちの活動と一体となっているということです。これを武道や音楽など高度な身体の技法を伴う活動では呼吸を重視します。身体の動きと呼吸を合わせます。また、集中するために精神を落ち着かせるために静かな呼吸が土台としてあり、息を吸うことで力を身体に漲らせます。そしてその息を吐くことと、動きを一致させることで、リズムをつくり、柔軟な動きを得ることができます。音楽では、声楽や管楽器では当然息のコントロールは重要ですが、ピアノや弦楽器、打楽器、指揮などでも呼吸は非常に大切です。息を音を出す前に吸うことでリズムを始めることができ、演奏者が音の出だしを合わせることができます。また、旋律の歌わせ方にも息を使っています。

呼吸法と医療

呼吸リハビリテーションでは「口すぼめ呼吸」と「腹式呼吸」が推奨されています。

息切れや呼吸の疾患に効果があります。これらは作業療法士や理学療法士が指導する場合があります。
「口すぼめ呼吸」は、息をたっぷりと吸って、口をすぼめて抵抗をつくり、少しずつ長く吐きます。

「腹式呼吸」は、横隔膜を下げる呼吸です。鼻から息を吸うと自然にお腹が出ます。これは肺の下部にある筋肉の膜である横隔膜が空気に押されて下がり、内蔵を圧迫するためです。浅い呼吸では通常肺の上部しか使っていませんが、複式呼吸をすることで、肺の全体を使って呼吸することができます。また、内蔵がマッサージされることにもなります。

心理療法でも呼吸法が推奨されています。自律神経を調整するために呼吸法が有益と考えられています。自律神経とは、自分の意志によってではなく自律的に機能する神経のことを言います。心臓の鼓動や内蔵の動き、呼吸もその一つです。しかし、呼吸は唯一意志でコントロールすることも可能です。呼吸を調整することで自律神経の疾患を和らげます。自律訓練法とともに用いられることがあります。方法としては上記の「腹式呼吸」が行われます。

「腹式呼吸」を行うことで、リラックスすることができ、副交感神経が優位になると言われます。興奮しているときは逆に交感神経が優位になります。副交感神経の働きとしてはリラックスして、心拍数は低くなり、胃腸の働きを良くし、質の良い睡眠が得られます。

また、瞑想状態に誘い、集中力を高める効果もあります。

ここでおさえておきたいのは、交感神経が悪、副交感神経が善というわけではないということです。この2つのバランスが整っていることが大切です。現代人はストレス過多により、交感神経が優位であることが問題となっています。そのため、副交感神経を優位にすることが求めれることが多いです。これらの自律神経を整えるホルモンにセロトニンがあります。呼吸法はセロトニンの分泌を促します。セロトニンは幸せホルモンとも呼ばれ、自律神経のバランスを整えます。朝太陽の光を浴びて散歩したりするとセロトニンが増えると言われます。呼吸法でもセロトニンが増えます。

呼吸法の実践

呼吸法はいつでもどこでも、思いついたときにすることができます。寝る前に横になっているときでもできますし、駅のホームで電車を待っているときでも、忙しく仕事をしているときでもできます。そして、いつでも心身を整えることができます。突然、怒りがこみ上げて我を忘れそうになったとき、また、過去の嫌な体験がフラッシュバックしたときでも、呼吸法をすることでやりすごし、心を整えることができるのです。

そして何より、健康のためにできるとても有益なエクササイズです。呼吸法はまず長く息を吐くことが大切です。「長生き」は「長息」と聖路加病院医院長の日野原重明先生は著書に書いています。呼吸法をすることで、皆様もぜひ健康で長生きをしていただければと思います。

呼吸法は最終的には生の根源に行き着きます。わたしたちが生きているということの証。事実が呼吸をしているということです。それをそのまま見つめ、認識することで、生を肯定し、評価せず、ありのままの自分を受け入れることに繋がります。これが現代では求められているとわたしは思います。

arcmirror 齋藤ともよし
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